考えれば考えるほど深みに嵌っていく。
幸せでたまらないはずなのに。


左手の薬指に輝く指輪を見て。
私は深く、息を吐いた。



















青色の憂鬱                               *






















「わぁ!とってもお綺麗ですよ!」


ホテルの一室。

大きな鏡に映る私は、確かに自分じゃないみたい。
真っ白なドレス。
高価なアクセサリー。
これはすべて、婚約者である跡部景吾の見立てだ。


「少しウエストがゆるいみたいなので、お直ししておきますね?」

衣装を持ってきたスタイリストさんは、そういって私の後ろに回る。
ぎゅっと締め付けられたウエストは、思った以上に苦しい。
余裕があるのなら、苦しいこのガードルも別のものに変えてもらいたかったけど。
それをすると、この細身のデザインのドレスが映えないような気がして、やめた。


細身のシンプルなデザイン。
そう見えるけれども、実際は金糸で凝った刺繍がしてあったり。
長いトレーンにも上質な布がふんだんに使われていたり。
かなり、高級なものだということが分かる。

自分の意向も、景吾の意向も反映された、とってもお気に入りのドレス。
有名デザイナーのオーダーメイド。
・・・金額がいくら位かなんて、怖くて聞けなかったけど。


式直前の衣装合わせ。
衣装とともに、小物を決めて、ヘアメイクのリハーサルをする。

本番同様に結い上げられた髪。
プロによるメイクアップ。

どれも憧れていたもの。

だけど。
正直、今の自分は心から楽しめていなかった。



この場に、彼がいないこと。
それが一番の理由。







結婚式の前に忙しいのは、花嫁の宿命。

そう思っていたけれど。
忙しいのは、花嫁だけじゃない。
花婿だって、忙しいのだ。

それが、未来を担う跡部財閥の一人息子なら、尚更。


「式まであと1週間ですね。」
「・・・えぇ。」

やわらかく、ゆっくりとした声で美容師さんが声をかけてきた。

「ウエディングドレスも、カラードレスもとてもお似合いですよ。」
「・・・ありがとうございます。」
「だんな様のお見立てなんでしょう?素敵なだんな様でうらやましいですー。」

素敵。
かっこいい。
うらやましい。

何度も言われたことがある台詞。
彼と付き合ってから、もう何度も何度も。飽きるほど。

最初の頃は嬉しかったし、素直に受け止められた。

でも今は。
その言葉の中に妬みや嫉妬が含まれてなくても。
重荷に感じるようになってしまった。

分かっていたのに。
知っていたのに。
彼は、どんな人物か。
どんな立場の人間なのか。

私は、理解しているつもりになっていただけだった。



今、彼がここにいないのは。
私達の結婚式のために他ならない。

親戚や仕事縁者へのあいさつ回り。
関係各所への調整。
引き出物ひとつ、席順ひとつとっても、細やかな配慮が必要だ。
少し間違うだけで、跡部グループの沽券に関わるのだ。

結婚というのは、自分たちだけのことではない。
家のことが、嫌でも付きまとってくる。
彼のような、立派な家柄なら尚更。

普通の一般家庭に育った私とは、家柄に天と地との差があって。
彼にとっては当たり前のことは、私にとって当たり前ではなく。
ある程度の花嫁修業を行った後の今でも、慣れないことはたくさんある。

夢見ていた景吾との結婚。

それが現実になったとき、今まで見えなかったことが見えてくる。
夢だけでは結婚できない。
目の前の現実、そして未来を考えると。

寒気がしてくるほど、不安になるのだ。


あんなに楽しみだった結婚。
今は、怖い。






衣装合わせが終わって、ホテルを出た。
送迎を丁重に断って、駅まで歩く。

今、彼は何をしているのだろう。
まだ忙しくしているのだろうか。
自分の仕事だってあるのだから。

携帯を取り出して、彼に電話をしようとして、やめた。
かわりにメールの画面を開いて、文字を打つ。

「今衣装合わせ終わったよ。当日が楽しみになっちゃった。」

最大限に楽しみなことを演出するために絵文字を多用して。
わざとにぎやかな文面にする。

彼には言えない。
言ってはいけない。

「結婚が怖い」
そんなこと、言ったって困らせるだけ。
慣れていけば、何とかなる。
これは私の問題なのだから。
















結婚式当日。

景吾は、一瞬だけ姿を見せたけど。
すぐに挨拶があると言って、外に出て行ってしまった。

朝早くから支度をして、つくりあげられた花嫁姿の自分。
あんなに楽しみだったのに。

不安で。
気が重くて。
逃げ出したくて、仕方ない。


ホテルの最上階のスイートルーム。
プライズルームとして、あてがわれたその部屋は、とても広く自分にはもったいないほど。
大きな窓から下を見ると、続々と参列者が集まっているのが見える。

・・・あんなにたくさんの人たちが。
殆どが、彼の家の仕事関係の人たちだ。
報道の関係者もいるかもしれない、と聞いた。
それを見ただけで、心拍数が上がる。
眩暈がしてくるようだ。

あの人たちの前で、私はどんな風に見えるのだろうか。
私と結婚することで、彼に悪い影響があるのではないか。
そんなことを、今更ながらに思って。
ぎゅっとハンカチを握り締めた。


様。景吾様がいらっしゃいましたよ。」

声をかけられて、振り返る。
介添えさんの後ろには、真っ白なタキシードを着た景吾の姿。

彼の姿は、まるで絵本の中の王子様みたいで。
思わず、見惚れてしまうほど。


彼は、私の前に歩み寄ると。
まじまじと見つめた。

「似合ってんじゃねーか。」

そう言って、満足そうに笑う彼。
少しだけ、心が軽くなる。

でも、このすさまじいほどの緊張感は解けない。
彼に答えるように笑みを作ってみたけれども、うまく笑えていただろうか。
自信は無い。



「そろそろ、挙式のリハーサルの時間です。」

介添さんの声に壁にかかる時計を見た。
リハーサルが終わると親族紹介、そしていよいよ本番だ。

先ほどの参列者の数を思い出して。
更に緊張が高まっていく

「行くぞ、

景吾が手を差し伸べて。
私は彼の手に自分の手を乗せた。

震えてないだろうか。
彼に伝わらないだろうか。

そんな私の気持ちを察したのか。
景吾は、私の手を軽く握った。






ホテル内のチャペル。
真っ白なバラで装飾されたそこは、一歩足を踏み入れると、そこは厳粛な空気が張り詰めていた。
その雰囲気に、思わず足がすくむ。

「もうすぐ、様のお父様がいらっしゃいますので、そうしたらはじめましょうか?」

式場のスタッフが、そう話す。

いよいよだ。
そう思うと、どうしてもバージンロードに一歩踏み込むことが出来ない。

?どうした?」

景吾が私の顔を覗き込んだ。
青い光を湛えた力強い眼差し。

安心できる眼差し、だったはずなのに。
今はただ、不安を煽る要素でしかない。

怖い。
怖い。


「景吾・・・私・・・。」


あぁ、だめだ。
逃げたい。
逃げなきゃ。

彼の隣に立つには。
私は、あまりにも分不相応だ。



彼に握られていた手を引いた。

?」

不審そうな声を上げる彼の顔を見ることが出来ない。
そのまま、ドレスの裾をつかむ。

「ごめん、景吾!」


父が入ってきた時、チャペルのドアが開いた。
その瞬間、ドアの隙間を縫って。
私は、チャペルの外へと駆け出した。


「おい!!」

景吾の声が後ろから響く。

長いトレーンのドレスでスカートの中にはパニエ。
しかも彼の身長に合わせた11センチのヒール。
走りにくくて、パンプスは途中で脱ぎ捨てた。

幸いか、不幸か。
あたりには人がいない。

無我夢中で走って、逃げる。
どこへ向かうか、そんなことは自分でも分からない。
ただ、この場にいられなかった。
ただただ、人のいないほうへ。
走って、走って。


!」

すぐ背後で景吾の声が聞こえる。

驚いて振り向こうとした瞬間。
私は、背後から彼に抱きしめられた。


こんな格好で走ったからか、息が切れて方で息をしてしまう。
そんな私と同じように、景吾も息を切らしていた。
そしてそのまま。
私を抱く腕の力を強める。

・・・意外、だった。
彼が息を切らせているのは。
こんなにも余裕が無い姿を、私に見せるなんて。


「離して、景吾・・・。」
「だめだ。」
「苦しいよ・・・。」

ふと、彼の腕の力が弱まった。
それでも。
景吾はしっかりと私の肩を抱いていて、彼から逃れることは出来ない。

耳元で、景吾が息を吐く。
呼吸を整えているのが、分かった。


「逃げてんじゃねえよ。・・・悪かった。」
「え?」

息を整えながら、囁くようにつむがれた言葉に、驚きを隠せなかった。

突発的な行動で、逃げ出したのは私。
謝らなければいけないのは、私。

なのに、何で彼が謝罪の言葉を口にするのだろう。


彼の真意を問うために、顔を向けようと試みる。
でも、しっかりと抱きしめられていて。
彼は、私の肩口に顔を埋めているから視線を動かすことが出来るだけ。
彼の表情までは、伺い見ることが出来ない。


「わ・・・わたし・・・」
「お前が不安に思っているのは知っていた。でも、見ない振りしてたのは、俺だ。そのうち慣れるだろうと思っていたが・・・違ったんだな。」
「・・・。」


見抜かれていた。
やっぱり、彼にはお見通しだったのだ。

どれだけ呆れられているのだろう。
自信が無くて不安で、挙句の果てには逃げ出して。
景吾だって、嫌気が差しているに違いない。


。大体、お前の考えていることは予想が付く。」
「・・・。」

どきりと、心臓が音を立てた。
呆れられてる?怒られる?
こんなことをしてしまったのだから、それも仕方ない。

そう思って覚悟を決めたけれど。
景吾の言葉は、想像していたものとは違っていた。


「お前には、これからきっと苦労をかけると思う。今までとはまったく違う生活を強いるわけだからな。それを不安に思うのは仕方ねぇ。」
「景吾・・・。」
「だが、俺がいる。ずっとお前を守る。不安に思うんだったら隠さず全部言え。全部取り払ってやる。・・・それが俺の役目だ。」


囁く様に。
しかし、はっきりと告げられたその言葉は。
塊のようになっていた、私の心を溶かしていく。

想いが溢れるのとシンクロするかのように。
目から涙が零れ落ちた。


「・・・愛しているんだ、。」

抱きしめられている腕に、再度力が篭った。
彼の想いが伝わってくるようで、涙が止まらない。

信じるんだ、彼を。
夫となる、この人を。

大丈夫。
私は知っている。

景吾は、私には嘘をつかない。
出来ない約束もしない。

すべてをやり遂げる、力を持った人だから。


「景吾、信じてる。ずっと、あなたを信じる。」
「・・・あぁ。それでいい。」
「逃げたりして、ごめんなさい・・・」
「リハーサルなしで、ぶっつけ本番だな。そっちのほうが緊張感があっていい。」

彼はそういうと。
腕の檻から私を解放した。

かとおもったら、そのまま私を抱き上げた。
あまりのことに、思わず声を上げてしまう。

「けけけけけけ、景吾??」
「お前、靴脱ぎ捨ててきただろ。危ないから、嫌でも我慢しとけ。」
「えぇ!」

不満げな私とは反対に、景吾は楽しそうだ。
不本意だけど、落ちないように彼の首へと腕を回した。

「そうだ。それでいい。」
「甘えていいんだよね。」
「望む所だ。」


何を不安に思っていたのか。
それすら、分からなくなるほど。
私は彼の言葉で、安心を手に入れた。

きっとこれから色々あるけど。
ずっと景吾が傍にいる。
守ってくれる。

だから、きっと大丈夫。

愛されているという自覚が、こんなにも力になるなんて。
彼の言葉が、私を強くする。


憂鬱は、いつの間にか希望へと変わっていた。














end


[ mineral/黒崎フユコさん ]



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